日本に来たタランティーノはその時の主役であった梶芽衣子に会い、女神様のように扱っていたそうです。記者が梶芽衣子に「KILL・BILL」の感想を聞いたところ、私が20年若かったら自分があの役をやりたかった、と言ったそうです。そしたら、タランティーノが会見の間じゅう梶芽衣子の手を握って、憧憬の眼差しで貴女は今でも美しい、美しいと言っていたそうです。
– Bookworm Corner (via superlog) (via figuisch) (via petapeta) (via jacony) (via vmconverter)2009-01-23 (via gkojay) Via SYM MCSG
「図書館は存在自体が著作権違反だ。私の本を図書館に置くな、図書館で読まれたらその分売れなくなる。商売あがったり、だ」
– はてなブックマーク - :: H & A :: bookmark - お気に入り - 図書館に私の本を置くなという作家(フリーライダー) 読書猿Classic: between / beyond readers (via handa) Via :: H & A :: tumblrベストセラーの大量購入で数億円の売上が阻害されているとする出版社側(「模倣犯」の貸し出し数は、全国で20万件)、対して図書館側は公共性を理由に反論している。
– はてなブックマーク - :: H & A :: bookmark - お気に入り - 図書館に私の本を置くなという作家(フリーライダー) 読書猿Classic: between / beyond readers (via handa) Via :: H & A :: tumblrエロマンガが他と一線を画しているのは、目に見えない「性」の感覚そのものを描くことができるところです。
たとえば、おてぃんてぃんがぐーんとたつのを写真で撮るのは簡単ですが、何がどういう感覚でぞくぞくするのか、射精の感覚ってどんなものなのか、触れられる感覚はどうなのか、ってのは絶対見えないものじゃないですか。脳内の話です。
その脳内の感覚をマンガは何枚もの絵を用いて、描くのです。
実際はそうでないとしても。
絶対少女さんのマンガなんかはそれが端的で、射精シーンで精液が管をドクドクと流れていくあの感覚まで描くわけです。現実とは違います。違うんですが感覚的にはきわめて「ああ、そんなかんじだ!」となります。これがすごい。
なので、たとえばお互いの肌に触れたときの感覚、たかぶってどうしようもない性欲、事後の力が抜けたあとに横に恋人がいる多幸感など、言葉にできない不思議な感情を、あらゆる手段と描写方法を用いて描きます。ふたなり、断面図、多すぎる精液、筋肉のこわばり・・・これらはエロマンガ・エロゲ・小説の強みでしょう。
また、陵辱物なんかは実写だとグロテスクになってしまったり、痛々しくてしかたなくなってしまいますが、それを絵で描写することで「男性から見たらこういう心地よさがある」という空間作りをすることができます。
そして、時間の流れと感情を、コマ割で表現できます。読者は自分の好きなように、その時間の好きなところからページを開いて入り込めるのです。
– エロマンガの感覚的効果と、いかにチンコがたつか。 - たまごまごごはん (via fyfyfy) (via jinon)2008-09-11 (via gkojay) Via SYM MCSG
ダウンタウン浜田、某雑誌でのインタビューで。
『ガキ』の初期の頃、トークコーナーで、松本が何を言っても客が笑う状態が続き、
浜田は「これではアカン、松本のためにならん」と思い、
松本が本当に面白いことを言わない限り、ちゃんとツッコまないことにした。
1度、客に向かって「お前ら、本当にオモロイと思ってんのか?」とキレたそう。
浜田曰く、「『ごっつ』が始まって、見ている視聴者が本当に面白いと思ってくれているのか分からない時期に、『ガキ』で客の前に出ると、客が何でも笑う状態で、これはヤバいと思った」と。
今でも、『ガキ』などで、舞台で2人だけ笑っていて客がポカーンとしている状態が、なんだか一番嬉しいそう。
2009-06-10 (via gkojay) Via SYM MCSG


